大河原宗平のブログ

ここにも 検察庁・検察官の デタラメ が・・・ありました。

刑事告訴された 刑事事件を 裁判所・裁判官の 判断を 経ないで(裁判にかけないで) 検察庁・検察官が 「握り潰し」 にしてしまった。  それが 「不起訴 とか 起訴猶予 とか」で 消されています。

検察庁・検察官が 権限を 乱用しすぎています。 デタラメすぎます。 

全ての事件を 裁判にかけて 「無罪は無罪」、 「有罪は有罪」と ハッキリ させるべきであります。

冤罪・無罪判決 を 恐れている のは                      
        「警察捜査 ・ 検察捜査 」であります。


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宣伝カー(2)
警察の裏金告発者
警察正常化協議会   大河原宗平

腐りきってる 裁判・司法 

警察がデタラメ
  検察もデタラメ
    
裁判所は もっとデタラメ
  その裁判を もっと 私利私欲に使う 弁護士界
           それを 追認させる マスコミ



冤罪 足利事件

コメント

コメント一覧

    • 1. たかはた
    • 2014年07月06日 04:46
    • 冤罪は司法の犯罪だというのは正論ですが、犯罪か確定しても処罰を受けない司法側が刑を免れるような制度というのは法の欠陥と言えます。

      また、裁判は公平かつ公正でなければならないものであるが、実は裁判官の私的な裁量で勝手に歪められてそれが通用している間違いで成り立っています。

      裁判というのは全てを見渡す神の代行でなければならないし、完璧でなければならないものです。

      個人の利権や過去前例だけで判断されるだけの判決は悪政に等しく、人権と平和を壊す虞のあるもので常識者の伴侶で改正されなければならないものです。

      これまでの冤罪の数々を見ている限り、司法は独立し切れていないが、適正化に対しては閉鎖して孤高意識の強すぎる特権組織になっており、これらがもっとも嫌うのは良識者の公開討論であります。

      そこまで非民主的で開かれていない組織特徴を有している言えます。

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